読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

かじりアト

ややオタク寄り。平凡アラサーOLの独り言

「漁港の肉子ちゃん」西加奈子

肉子ちゃんはすべてを洗い流す。

 

「肉の神様」と勘違いされるほどの、ふくよかなビジュアル。

いつも語尾に「っ!」がつく話し方。

「自ら大きいって書いて、臭いって読むのやから!」など、本人は好きでしっくりきているのであろう、唐突な漢字の話。

眠るときには「すごーいいいい、すごおおおいいいいいっ!」といびきをかき、泣くときには「ばああああああああっ、ばあああああああああっ!」と涙を流す。

 

いつもとことん豪快で大げさな肉子ちゃん。

 

作中では小さな田舎の漁港の閉塞感がヒシヒシと伝わってくるけれど、肉子ちゃんはそのどれも跳ね返す。

まるでお日様のような存在。

町の人も、いつの間にかそんな肉子ちゃんに元気をもらっているようだ。

 

なんてったって、肉子ちゃんは人の言うことを100%信じて、決して疑わない。

そのために過去にはひどく辛い思いをしたというのに。

どんなに苦しいときも「なんでも、いつかは終わるのやから!」と前を向いている。

 

そんな肉子ちゃんと娘のキクリンの絶妙な関係性は、読んでいてとても好ましい。

見た目も思考も全然似ていない2人。

だけどちゃんと“親子”。

キクリンの視点で描かれる肉子ちゃんの姿は、たまに疎ましさもあるけれど、全幅の信頼を寄せていることが分かる。

 

 

 

あとがきで、この作品の舞台が宮城県石巻市&女川町だったことを知った。

(作中では日本海側の架空の町となっている)

この作品を発表したあとに、あの東日本大震災が起きたのだそう。

 

私は今年の3月に出張で女川町へ行き、宿泊はそのとなりの石巻市だった。

震災からちょうど4年。

石巻線が前線復旧し、「復幸祭」が開催されていた。

しかしながらやはり、町の至る所に、まだ震災の傷跡は残っていた。

 

あの町で、肉子ちゃんのイメージはできあがったのだ。

 

町や海を照らす夕日がとても綺麗だったことを今でも覚えている。 

生命の強さを感じた。

 

 

キクリンの本名は喜久子。

肉子ちゃんが考えてキクリンにつけた名前だ。

「喜びに久しい子と書いて、喜久子と呼ぶのやからっ!」

 

 

この後も2人が、ありのままに、強く、喜びに満ちて生き抜いてくれることを願っている。

 

 

漁港の肉子ちゃん (幻冬舎文庫)

漁港の肉子ちゃん (幻冬舎文庫)